東京高等裁判所 平成元年(行ケ)103号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 本願第一発明の概要
いずれも成立に争いのない甲第二号証(本願発明の出願当初の特許願書)及び甲第五号証(昭和六〇年一二月一九日付手続補正書)(以下、これらを総称して「本願明細書」という。)によれば、本願第一発明は、空気抵抗によつて弾道を安定させる大径の尾部を有するアンダカリバ(砲口径に対して小さな胴直径を有する)ミサイルに関するものであること(甲第二号証二頁一二行ないし一五行)、円錐形尾部を備えたこの種のミサイルは公知であり、尾部が胴体に比して大きな直径を有しているためその他の部分に比して大きな空気抵抗を受けて飛翔方向で常時後方へ向けられることによつてミサイルの弾道の十分な安定性が得られ、翼によつて安定したミサイルに対比して戻しモーメントを得るために何らの変向部材を要しない利点があること(同二頁一六行ないし三頁五行)、しかしながら、円錐形の尾部の直径の大きさは、胴体のそれのほぼ一四〇%を越えると尾部の抵抗が著しく大きくなつてミサイルを著しく制動するため、この値を越えることができないが、尾部の直径を著しく大きくすることができないことによつてミサイルの弾道の安定性が不十分となること(同三頁五行ないし一二行)、特に戦闘の目的で発達してきたこの種のアンダカリバミサイルはその目的を満たすべく著しく高い初速度、高い飛翔速度及び可能な限り低い空気抵抗を有すべきものであるが、一面では、この種ミサイルの発達のために必要な実験がミサイルの著しく大きな射程のために制限された広さの発射場では困難となること(同三頁一三行ないし一九行)、しかして、本願第一発明の課題は、申し分のない弾道安定特性を有する公知のミサイルに比較して、ミサイルの胴体に対して著しく大きな直径を有する尾部を備えた、射程の制限されたミサイルを提供し、尾部の空気抵抗が高マツハ数範囲内ではミサイルの胴体の直径に比して小さな直径を有する円錐形の尾部の空気抵抗に対比して高くないようにするとともに、空気抵抗係数が低マツハ数範囲内では大きな直径を有する円錐状の尾部の高い空気抵抗係数に匹敵し、これによつてミサイルの射程の制限が得られるようにし且つ組み立てを簡単にして製作費を安価にすることにあること(同四頁五行ないし一六行)、及び、本願第一発明は、前記の本願発明の要旨1(本願特許請求の範囲第一項)のとおり尾部に少なくとも二つの孔を有する構成を採ることによつて右の課題を解決しようとするもので、その利点は、尾部の最大直径をミサイル胴体の直径に比して著しく大きく形成することができ、それにもかかわらず、孔によつて直径の増大と同程度には空気抵抗が増大していない点にあり、むしろ高マツハ数範囲では孔はわずかな絞り作用しか有せず、このため、この速度範囲ではあたかもミサイル胴体の直径に比してごくわずかしか大きくない直径を有する円錐状尾部を備えたと同じような効果が得られ、飛翔中にミサイルの速度が低マツハ数範囲まで低下すると尾部の最大直径がフルに作用し且つあたかも孔が存在しないかのような効果が生じて急激な空気抵抗増大が惹起され、このため、この低マツハ数範囲内では実際の大きさの直径に相応する空気抵抗が生じ、このため極めて迅速な減速が導入され、これによつて射程が制約されること(四頁一七行ないし五頁一六行)が認められる。
三 取消事由に対する判断
1 引用例には審決の理由の要点2<1>及び<2>の事項が記載されていること、本願第一発明は形式上本願出願前公知であるアンダカリバミサイルの円錐形尾部に引用例記載の制御翼に設けられている孔を設けたものに相当すること、及びミサイルと引用例記載の有翼弾との間には、前者がマツハ五レベルであるのに対し、後者が飛行機から飛行機よりも遅い初速で発射されるという飛翔環境上の差異が認められることについては、当事者間に争いがない。
2 前記の本願第一発明の概要によれば、本願第一発明における孔の存在の技術的意義として、
(一) 高マツハ数範囲内においては、十分な弾道安定性を得るために尾部の最大直径をミサイル胴体の直径に比して著しく大きく形成するにもかかわらず、孔はわずかな絞り作用しか有しないため、孔の存在によつて直径の増大と同程度には空気抵抗が増大せず、このため、この速度範囲ではあたかもミサイル胴体の直径に比してごくわずかしか大きくない直径を有する円錐状尾部を備えたと同じような効果が得られること(本願第一発明のミサイルの孔の存在が奏する高マツハゾーンにおける右の作用効果は原告主張の技術的根拠に基づくものであること、即ち、公知のミサイルにおいては、飛行中にその円錐後部で境界層が剥離して円錐尾部の背後に逆流領域が生じ、急激に圧力が低下して(負圧)、一旦過ぎ去つた流れを逆に吸い込むために大きな圧力抵抗が生じ、この結果ミサイルは急激に減速するという欠点があつたが、これに対して本願第一発明においては、高マツハ数領域ではミサイル全体を覆う境界層の厚さは比較的薄いので(境界層の厚さは流速が速いほど薄くなることは公知である。)、尾部に少なくとも二つの孔を設けた本願第一発明のミサイルにおいては、この境界層がミサイル胴体、円錐体及び孔の内腔面を覆うだけで空気の主流は内腔を滑らかに貫流し、公知のミサイルのように円錐尾部の背後に逆流領域を形成せしめてそこに発生した負圧によつて抵抗増大することがないので、公知の全円錐(無孔)ミサイルに比べて著しく大きな速度を得ることができるものであることについては、当事者間に争がない。)
(二) 低マツハ数範囲内においては、尾部の最大直径がフルに作用し且つあたかも孔が存在しないかのような効果が生じて急激な空気抵抗増大が惹起され、このため、この低マツハ数範囲内では実際の大きさの直径に相応する空気抵抗が生じ、このため極めて迅速な減速が導入され、これによつて射程が制約されること
が認められる。
3 以上によれば、本願第一発明における孔は、高マツハ数範囲内と低マツハ数範囲内とではそれぞれ異質の作用効果を奏することが明らかであり、「高マツハゾーンにおいては右の孔の存在に格別積極的な技術的意義が認め難い」とした審決の判断は、誤りといわざるを得ない。
なお、被告は、本願第一発明のミサイルの尾部の空気抵抗が高マツハゾーンにおいて右のごとき顕著な作用効果を奏するためには、尾部に設けられる孔の大きさの値をどのように設定するか、また、孔をミサイルの軸線に対してどのような方向に形成するのかが不可欠の設計条件であるから、このような設計条件を構成要件として何ら備えていない本願第一発明については、右作用効果が必然的に奏されると認めることはできない旨主張するが、本願第一発明における孔の存在の高マツハ数範囲内における技術的意義は前記三2(一)に認定したとおりであつて、本願第一発明はミサイル胴体の直径の範囲外で少なくとも二つの孔が円錐形の尾部に設けられることにより高マツハゾーンにおける作用効果を奏するものであり、その大きさ、方向に関しては、本願第一発明実施の際にミサイル胴体の直径、尾部の直径、ミサイルの初速度、射程距離等の所与の条件を勘案したうえで、実験的に適宜定め得るものというべきである。このように、本願第一発明において、孔の大きさ、方向を予め限定しなければ作用効果を奏し得ないものとは認められないから、被告の右主張は理由がない。
更に、被告は、本願第一発明のミサイルの尾部に二つの孔を形成しても、これにより尾部の断面積を減少させる程度は小さいものであるから、本願第一発明の前記のごとき顕著な作用効果を奏するとは考えられない旨主張する。しかしながら、ミサイルの尾部に孔を形成すれば、この孔が空気を貫流させる結果公知のミサイルのように円錐尾部の背後に逆流領域を形成せしめてそこに発生した負圧によつて抵抗増大させない効果をもたらすので、尾部の最大直径をミサイル胴体の直径に比して著しく大きく形成するにもかかわらず、その大きさ、形状、方向等を実験的に定めれば、二つの孔によつても直径増大と同程度には空気抵抗が増大しないことは明らかである。このように尾部に二つの孔を形成した場合でも、前記本願第一発明の概要に記載されたような、ミサイル胴体の直径に比してごくわずかしか大きくない直径を有する円錐状尾部を備えたと同じような効果が得られるものと認めるのが相当であるから、孔の数を理由として「高マツハゾーンにおいては右の孔の存在に格別積極的な技術的意義が認め難い」とした審決の判断の正当性をいう被告の主張は採用の限りではなく、成立に争いのない乙第一号証の一ないし四(「航空工学概論」・株式会社地人書館昭和三五年七月一〇日発行)も被告の主張を裏付けるに足りない。
4 引用例記載の無旋動弾丸は、地上から発射されて高マツハ数で上昇し最高点に達してから落下に移るのではなく、高速発射により破壊されてしまわないようにより遅い落下速度で落下させるようにするため、ことさら低速で飛行機から発射されてそのままふわふわと落下するものであつて、急速上昇という過程を経ることができないものであり、もともと飛行機上から飛行機よりもはるかに小なる速度で発射されるので、四個の翼18もプラスチツク製のもので足りること、この無旋動弾丸を地上から高い初速度で発射するときは、翼18の強い空気抵抗によつてプラスチツク製の脆弱な翼18が直ちに破壊し去り、落下することは間違いなく、したがつて、引用例記載の無旋動弾丸は、本願第一発明のミサイルと異なり、地上から発射することのできない弾丸であつて、地上から高速(マツハ五)で上昇、即ち高マツハゾーンを通ることのできない弾丸であることについては、当事者間に争いがない。
したがつて、引用例記載の弾丸の制動翼が本願第一発明と同様に胴部の直径の範囲外に孔を備えているとしても、この制動翼は高マツハゾーンにおいては使用できないものである以上、引用例記載の発明から本願第一発明における孔の高マツハ数範囲内における前記の作用効果を予測することはできないものであり、これを本願出願前公知であるアンダカリバミサイルの尾部に転用することにより本願第一発明を想到することもできないものといわざるを得ない。
5 以上によれば、「高マツハゾーンにおいては右の孔の存在に格別積極的な技術的意義が認め難い」として、本願第一発明の進歩性を否定した審決には判断を誤つた違法があり、その違法が結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、取消しを免れない。
四 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容する。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
1 空気抵抗によつて弾道を安定させる尾部を備えたアンダカリバミサイルであつて、該尾部がミサイル胴体の直径に比して大きな直径を有する形式のものにおいて、ミサイル胴体の直径の範囲外で少なくとも二つの孔4が円錐形の前記尾部3に設けられていることを特徴とする空気抵抗によつて弾道を安定させる尾部を備えたアンダカリバミサイル。
2 前記孔4がミサイル軸線に対して平行に配置されている特許請求の範囲第一項記載のミサイル。
3 前記孔4がミサイル軸線に対して傾斜して配置されている特許請求の範囲第一項記載のミサイル。
4 円錐形の尾部3の最大直径が砲口径に合致している特許請求の範囲第一項記載のミサイル。
(別紙一参照。)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙一
<省略>
<省略>
(以下省略)